田中世知代さん (名古屋市在住・1949年生まれ)
「わたし、何にも出来ないダメな人間だって思っていたの。そう思っている人多いじゃない?でもそれって自分でレッテルを貼っているだけなのよ。ダメな人間って、いないと思うようになったわ」。探し続けた自分なりの道の第一歩を踏み出した田中さんは、そう言う。
彼女は築120年の古民家「儘舎(ままや)」(春日井市神屋町)で週に一度、予約制で“穀物菜食”の食事を提供している。竃(かまど)に火をくべて「はじめチョロチョロ、中パッパ…」と雑穀入りのご飯を炊き、旬の野菜を使った料理を七輪で作り、昔の塗りのお膳に骨董の器を並べ、料理を盛る。竃や七輪の炎と対峙しての料理づくりは体力的にはハードだが、一人の料理人として、自分のやり方でお客様に食事をしてもらえる喜びを感じている。
15年前、「女40歳の出発」という文字が41歳になった彼女の心を捉えた。それは、女性問題や女性の経済的自立をめざして活動する高橋ますみ氏が出版した本のタイトル。
子育て後はパート勤めではなく、自分らしい生き方で収入が得られる道を選びたいと考えていた彼女は、同名の講座の開催を知り受講。その後、著者高橋氏が主宰する「東海BOC」(現在は“ウィン女性企画”)にも参加。
リーダーの高橋ますみ氏はもちろん、集う人たちは全身からオーラを発しているような人たちばかり。別世界のような感じもしたが、毎週開かれていた「おしゃべりタイム」に通いつめ、女性の経済的自立への道をさまざまな形で学んでいった。主婦という立場の中で何となく考えていたことが、一つずつ明確になり、経済的自立の礎が見えてくるようで張り合いがあった。
ある日、オーラ輝く“ますみさん”から、講師会の食事作りを依頼された。料理は自分が苦にせず出来ることの一つ。30人分という大勢の食事作りへの不安はあったが、収入を得ることができる初めてのチャンス。逃す手はない。準備に何ヶ月もかけ、仲間の協力も得てなんとか成し遂げる。
“未来食”を提唱する大谷ゆみこ氏の交流会の食事作りを依頼されたときは、講演内容に沿った食事を作るべきと考えた。そこで出合ったのが「穀物菜食」。海から採れた塩・時間をかけて醸成した味噌・旬の地場産の野菜・雑穀・天日干しの海藻などを使った自然本来の食材のよさを実感する。「これだ!」と思った彼女は“未来食”のセミナーが東京で開かれると聞けば、何度も通った。
「普段は主婦してても、ここぞと思うときは行動しちゃうタイプ。この時も『絶対、行くぞ!』って参加したの。私、頑固なところもあるし…」
行動すれば必ず前に進めるということを幾度となく学んだ。その積み重ねが人の縁を紡ぎ、縁はさらに自分を前へ前へと押し出してくれた。「儘舎」を主宰する岡川陽子さん(宝びと 2005・1月で紹介)との出会いは、まさにそれだった。二人の思いが一点でつながったとき、「儘舎で食事を提供してくれない?」という岡川さんからの誘いの言葉となった。迷わず乗った。
毎週木曜日、食材を携え名古屋から車で「儘舎」を訪れる。
竃や七輪の炎に気を配りながら料理をし味を調えていく。味付けはすべて「さじ加減」。ガスの炎でなく竃の炎で作る「穀物菜食」。炎の違いが味をも変えるような気がしている。それが自分の料理。それをお客様に提供する。「美味しい!」の声が聞ける。料理を通して、自分の思いを感じてもらえたと感じる一瞬だ。
今は目の前のことをこなすのが精一杯。でも、これこそが15年で絞り込めた自分らしい経済的自立の路線だと思う。大事に育てていくつもり。