宮本眞由美さん (小牧市在住・1964年生まれ)
カラーセラピー・カラーコーディネイト・カラーアナリスト。色彩に関するたくさんの資格を持ち仕事をする。色彩と人間の深層心理の関係や色の決まり、そして色の持つ意味を学ぶ「色彩学」の存在を知ったのは10年以上前のこと。
結婚をし子どもが保育園へ通い始めた頃、カラーの専門学校に通い次々と資格を取った。色を通してカウンセリングをした人が、わだかまりや不安から解き放たれ、笑顔で帰ってくれると自分の事のようにうれしい。似合う色を見つけて喜ぶ受講生の声を聞くのも、又たまらなく楽しい。
とにかく、子どものころから絵を描くことが好きだった。毎年、除夜の鐘を聞きながら絵を描いた。年をまたぐその瞬間に絵を描いていれば、一生絵を描いていられると思った。それほど好きな絵ではあったが美大へは進まなかった。図書館に通い、美術専門書や写真集を見て楽しみ、そこから自分なりに美を学んだ。本やテレビで見るアフリカの人たちの顔のペインティングにも心惹かれた。そんな荒削りな美にも興味を持てるのは、学校へ行かなかった分、型にはまらない美意識を見につけられたからだと思っている。
先生について本格的に絵を習い始めたのは結婚後のこと。女性カジュアルウェアーのお店でアルバイトをしながらパステル画と水彩画を学んだ。その先生から、推薦状を書くから美大へいかないかと薦められた。心は揺れ動いた。でも、大事な家庭を放ってまで大学へいくのは自分の求める道と違うような気がした。そんな時に知ったのが「色彩学」。
バイト先では、マネキンに洋服をコーディネイトして着せたり、お客さんにアドバイスをすることが面白くてしようがなかった。絵を描くこと以外に、洋服・メイク・身につける小物、それらの全てが自分の興味の対象になっていることに気づく。そこにある基本は「色彩」。「色」のすべてを知りたいと思うようになった。
子どもが保育園に入り生活が落ち着いたとき、名古屋にある「色彩表現学校」へ通い始める。学ぶだけでは物足りない。資格も取ろうと、子どもが寝てから深夜の2時.3時まで勉強をし、合格率たったの5%という超難関の門をくぐり抜けた。
講師も身につき始めていた頃、障害者が通う授産所でボランティアで絵や造形を教えることになった。初日、これまでと同じように黒のスーツに身を包みビシッとメーキャップを決め「講師スタイル」で授産所に出かけた。ところがどこか白けムード。誰も心を開いてくれない。名前すら覚えてもらえない。普通なら、お世辞でも「楽しかった」といってくれるのに…と猛烈なカルチャーショック。知識をいっぱい詰め込み「1級の資格を持っています」という鎧を着けて、そこに立った自分を恥じた。受け入れてもらいたい一心で、次からはジャージ姿にノーメイクで出かけ、一緒に絵を描き、色のついた粘土をこねて楽しんだ。 彼らは描きたいから描く。上手に描こうという気持ちなどない。その絵は心そのもの。見る者の心にストレートに響く。圧倒された。ふっと自分が色に興味を持った頃の事を思い出した。
「なんのことはありません。授産所のみんなに原点に戻してもらえました。初心に立ち返れただけでなく、”綺麗だね”とお互いが共感できることのすばらしさを教えてもらいました」。1年後、ようやく名前を覚えてもらった。授産所は彼女にとって大切な時間と場所になった。

市民講座から生まれたサークルの講師もしている。「私にとっては、いろんな場所で、いろんな人と、カラーを通して心のキャッチボールをさせてもらえることが最高にラッキーなことです」。
ブランド品を見につけて華やかなカラーコーディネーターの道を歩む同期生もいるが、彼女はお金に換えられない大事なものを周りの人からたくさん貰っていることに満足する。「子どものころから、いい人ばっかりに囲まれているんです。こんな幸せなことってありませんよね」。小さい頃から温めてきた「美」への興味。その基になる「色」を通して、いい形で人との繋がりが持てるようになったことを心底、感謝する。
小牧市で行なわれた、「ときめき講座・カラーコーディネート」の講義風景
宮本さんのHPは以下です。アクセスしてみて!
http://www.geocities.jp/rakuhimeluckey4m/