岡川陽子さん(中央台在住・1958年生まれ)

   週のうち三日間は非常勤の高校家庭科教師。残りの4日間は古民家“儘舎(ままや)”の管理人と称して「モノづくり」の喜びを伝え、「出会い」の場所を提供する。
 3年前、築120年以上と思われる廃屋に近い古民家と出会う。主宰する[seedsnet]の事務所として使おうと、その古民家の修復・再生を頭に入れて借りた。
 ぶかぶかの畳をはがし、床板や柱はエゴマ油を塗り、ぬか袋やクルミで磨いた。壁も自分で塗りなおした。素人では無理といわれた漆喰壁にも挑戦。蚕を飼うために使われていた囲炉裏を修復し、自在鍵もつけた。洋間風に直されていた場所は土間に戻した。
 周りの人を巻き込みながらの修復・再生は10ヶ月にも及んだ。でもその時期は彼女にとって最高に楽しい時期だったという。作業の一つ一つは知らないことばかり。いろんな人に教えてもらいながら、その一つ一つをやり遂げることで知識や技が全て自分のものとして吸収されていく妙味を知った。なんにでも興味がわき自分でやってみたくなるのは性分だが、当時の自分を「スポンジ状態」と表現する。
 みごとに甦った古民家はマスコミにも幾度となく取り上げられた。

 11年前、3人の子どもの出産育児で正規の教師の道を歩めなくなり、非常勤講師の道を選ばざるを得なくなった。使われる身の弱さを知る。だが、ポジティブな彼女は「ならば」と非常勤の立場を生かしてできる仕事を自ら創り出そうと考えた。生涯、社会の歯車のひとつとして働き続けたいと考える彼女にとっては、それが最良に思えた。
 「自分のできることは何?」。模索が始まる。
 家庭科教師は衣食住においてのモノづくりを教えることも多い。子どもだけでなく多くの人に「心を豊かにする手づくりの楽しさを伝えたい」。それを自分の仕事にしようと思った。名古屋で開かれていた起業家セミナーにも参加した。
 気になる人があれば、見ず知らずであろうとその人を訪ねアドバイスを受け、自分の道を探った。キルト作家からは「自分の好きなことなら続けられるから頑張って!」とエールを贈られた。ある編集人からは「10年続ければ何とかなるのでは?」と言われる。訪ねた人たちの言葉を胸の奥に留めながら始めたのが「seeds」という情報誌の発行。それは自分の好きなことを仕事にするための「種まき」だった。
 手書きで始めた「seeds」も、今ではパソコンでA4版裏表2枚にぎっしりと情報を詰め込む。すでに通算67号を数える。取材から編集、印刷、配布まですべてを一人でこなす。紙面には彼女の「モノ」や「人」を見る温かな眼差しが息づく。それは彼女の人柄そのもの。彼女の書く文を読みたくて、「seeds」ならではの情報が欲しくて、それを手にする読者も多い。
 表紙には「モノ作りのよろこびは心を豊かにしてくれます。手作りしたモノは人の心を和ませてくれます。手作りを通して人と出会い、モノと出会う[seeds]から多くの出会いが芽生えることを願っています」と書かれている。この一文は“儘舎”の原点でもある。
  

 “儘舎”をつくりあげた今、[seedsnet]ではコンサートや落語の企画、手づくり教室や素人の手作り作品展、陶芸・木工・ガラス…などのプロ作家の展示会など様々なイベントを組む。
 手づくりした石窯を使ってのピザ作り、囲炉裏で鍋料理を楽しむ会、そして炊き込みご飯を食べる会なども仕掛ける。参加者は食べるだけではない。作るところから参加する。竃(かまど)に火を起こしご飯を炊く、ピザ生地を薄く延ばし石窯で焼く、鍋の材料を洗って切るのもすべて参加者で楽しむ。それが“儘舎流”。
 みんなで作った出来たての料理を食べる頃には、見ず知らずだった参加者同士が仲間になる。
 一度でも“儘舎”を訪ね、そこに流れるゆるやかな空気を感じた人は「良い場所見つけたよ!」と新しい人を誘って再び訪れる。人が人を呼ぶ。 
 ところが今、彼女は悩む。「儘舎って何屋さん?」と尋ねられることが多い。言葉に窮する。一言で説明できないもどかしさがある。
 考えに考えて付けた儘舎のサブタイトルは「訪ねたら、きっと…」。
 「儘舎って、面白い場所かもしれない」と訪ねてくれれば「きっと何かがあるよ」。「とにかく一度訪ねてみて!」というメッセージを込めた。

 彼女は自称「カメ」。コンピューター上で使うハンドルネーム「カメ」を情報誌[seeds]の中でも多用する。何事にも動じないでマイペースの雰囲気を持つカメ。何かがあれば甲羅の中に首や手足を引っ込めて自分を守るすべも持つカメにどこか惹かれる。
 “儘舎”はまだ仕事としては成り立っていないが、生きていく上での心の葛藤の数々を癒してくれる自分の居場所にはなっている。
 訪ねてくれた人たちにも、それを感じてもらえたらうれしいと思う。
「“儘舎”にはそういう力があると思います」と自称カメは言う。この場所を守リ続けるつもりだ。

(左下の写真が神屋町にある古民家“儘舎”。小学校の総合学習の場にも開放する。古い日本の生活を体験しにきた神屋小学校の子どもたち。)