木造峰子さん(中央台在住・1968年生まれ)

 海こそがふるさと。そう思う彼女にとって海の汚れは見過ごせない。
 海岸は実家から歩いて10分の場所。休日には父親と船で釣りに出かけ、「ちょっと散歩」も海岸。落ち込んだ気分を癒してくれたのもまた海だった。水平線からメラメラと燃えるように上る初日の出の美しさは「感動」を超えていた。忘れられない。
 大人になって、サーフィンやスキューバダイビングを始め、地元以外の海に出かけることも多くなった。そこで見た海は育った海とはあまりに違った。ペットボトル、割れたガラス瓶、おもちゃ、衣類、電気製品の部品の一部…等など。海にあるはずもない日常生活のゴミが打ち上げられている。「なんだ?これ!」。海岸のゴミは拾って帰るのは当たり前のこととして誰もがやっていたことなのに「いったい、なぜ?」
 ダイバーとしてプロ級の腕を持つ恋人が現れてから海への思いは深まるばかり。「いつの日か、きれいな海が無くなってしまうのでは…」。心配になった。
 

 ダイビングは必ず二人一組で行う。潜るときは命を預けあう。その間柄を「バディー」という。恋人はいつしか人生のバディーとなり結婚。7年前からニュータウンに住む。潮の香りのしない街で二人の子どもが授かった。しかし、二人目の子どもの受胎告知と同時に大病の告知。出産後に大手術。そして育児。大変な状況の中で、普通の人以上に限りある人生を思うようになる。二人の子どもたちに伝えなければならないことの多さも思った。そして自分を育んでくれた海を思った。海に遠いこの地域の人たちに、そして未来を担う子どもたちに海のすばらしさを伝え、美しい海を残すための「何か」をしなくてはならないと思った。「でも、自分に何ができる?」。自問の日々が続いた。

 夫の仕事の関係で出かけた平塚で「シーボーンアート」というものを見た。「アート展」の会場には海岸に打ち寄せられた流木や貝殻や海藻、川から海への長い旅の途中で角を落としたガラスの破片で作られた作品が並んでいた。ガラス片はランプシェードやアクセサリーに、流木はタペストリーに変身している。ステンドグラスやランプシェードから漏れる灯りや、海藻で描かれた数々の絵はあくまでも美しい。ゴミでしかなかった物の変身に驚く。
 技術習得のため、そのアート展を主催していた「NPO法人日本渚の美術協会」の本部がある東京まで新幹線で通うことを決意。長男の手を引き、長女を背負って通う生徒に、協会は特別集中講座を用意してくれた。

    昨秋、夫の経営する店の階下でシーボーンアートを教える小さな教室を持った。「NPO 日本渚の美術協会 春日井校」だ。
 環境に目を向ける人は多くなった。それでも海は相変わらず汚れている。これまで環境に関心のなかった人たちが、自分の小さな教室で何かを気づいてくれればいいと思っている。
 春日井の「エコメッセ」や公民館で出前教室も開かせてもらっている。そんなときには、二人の子どもたちと海岸で拾い集めたゴミを持参して参加者に見てもらう。参加者の目が変わるのが、なんとなくわかる。

 去年、7年ぶりに沖縄の慶良間諸島で両親を含め一家でダイビングをした。握手ができるほど近くで悠々と泳ぐ魚たち。海底に繰り広げられる楽園。この世界が、この魚たちがいなくなったら…。
 どんな小さなことでも、自分ができそうなことを一つでもやっていかなければ…。強く思った。


(写真:左上の作品4つはガラスの破片で作ったもの。