河口いつ子さん(篠木町在住・1967年生まれ)

 スリムな肢体にハイヒール。「ARSA first」(アルサ・ファースト)と記した名刺を「よろしく」と差し出された時はてっきり独身女性と思った。後に中学生と小学生のお子さんをお持ちのお母さんと知って驚いた。

 4人姉妹の末っ子。両親が懸命に働く姿を見て育った。家業の建設会社の経理をまかされたのは22歳の時。玉野総合コンサルタント鰍退社してのこと。「女に名刺はいらん」という父親の反対を押し切って、営業にも進んで出かけた。待ちの姿勢ではだめとの思いからだが、「小娘が!」と思われたことも。入札も父親について同席。作業着を着て現場にも出た。事務服とスーツと作業着の全てが彼女のユニホーム。一日に何度も着替えた。
 地元では名が通った会社であっても、それだけではもの足りなかった。異業種交流会への参加や自己啓発セミナーの参加も積極的にした。自分の栄養補給のための時間をとるためにはフットワークを少しでも軽くしておきたかった。それには事務処理の電算化も必要と、情報処理科卒業の力を発揮した。そうして作り出した時間の中で出会った人たちとの繋がりで、医療福祉関係のボランティアなどもした。多くの人との出会いは会社のためになっただけでなく、自分自身をも大きくしてくれた。
 二人の子育てはそんな中でした。ベビーバスケットを事務所の中に持ち込んで子どもの世話をしながら事務所の仕事をこなした。車で仕事先に向う時、公園デビューしている親子の姿を眩しく眺めたことも。夕方「散歩に行こうか」と子どもを誘って出かけた場所は建設作業現場。子どもに小さなシャベルを持たせて遊ばせながら、次の日の段取りを考えたこともある。
  「会社の“看板”が大事でいとおしく思えましてね…。落ち込むと、看板をきれいに磨いてみたりして…」。すべては夫と共に預かった両親の会社への愛着だった。

  4年前、自分の仕事は子どもたちの犠牲の上で成り立っていることを、11歳になった子どもから気づかされた。家庭の大事さを思い、あっさり会社の権利を身内に譲り、仕事を辞めた。
  専業主婦をしながら様々な勉強や体験をするうち、再び新たな「縁」が紡がれ始めた。それは、個人と個人のつながりから、個人と法人のつながりにもなり、会社設立の必要性が生まれた。それが協働ワークオフィス「ARSA first」。2年前起業した。医療・福祉・広告・IT・教育・研修など様々なスキルを持った人たちとともに仕事を請け負う。企業と企業、企業と人、そして人と人をつなげる掛け橋になりたいと思っている。オフィスも構えた。
 昨年から、そのオフィスを地域の人にも使ってもらおうと、「ほっとルーム」と銘打ったサロンとして月2回開放している。気軽に寄り集まって相談ごとができる場所、情報交換ができる場所、出会いの場所。そうなってくれれば良いと思っている。さらに「春日井子どもセンター」の事務所にも使ってもらっている。「皆さんをお迎えできることがうれしい。自分の刺激にもなります。頑張らなくっちゃって、気にもさせてもらえますからね」。
これまでの人生の中で「地域があってこその自分。人との出会いこそが財産」を強く感じてきた彼女ならではのことだ。

  「人生の中に無駄なことなんてないはず」。彼女のその言葉は心に響く。全ての経験を生かし、前向きに、そして颯爽とワンランク上を目指して生きる姿勢が眩しい。