二村みどりさん(如意申町在住・1958年生まれ)
二村家の一
日はCDから流れる多言語のお話で始まる。朝、台所に立つと同時にCDのスイッチをポン!と押すのが日課。
ある日は韓国語、ある日はロシア語、そしてヒンディー語・タイ語・アラビア語・英語……Etc。世界19か国の言葉がBGMのように流れる。
大学は英文科を卒業。机上の英語には自信があっても英会話はからっきしダメだった。とにかく英文科卒というだけで話せて当然と思われるのが苦痛の種だった。さらに人との交わりもどちらかというと苦手なタイプ。会話ができたらどんなに良いだろう。
12年前、赤ちゃんが言葉を覚えるように多言語を自然習得する「ヒッポファミリークラブ」のことを知った。国や言葉の違い、さらには宗教による隔たりも超えてどんな言葉を話す人とも友達になれたら、きっと世界が広がるにちがいない。どうせならと家族で入会した。
「最初、“勉強しちゃいけない”って言われたんです。勉強ありきの私は面喰らっちゃって…」
知らない単語が出てくると調べたくなる。ましてや専門知識のある英語などは文法的に合っているんだろうか?って心配になる。でも、「赤ちゃんはそんなことをしない」と言われ「そうだよなぁ」と。
CDから流れる意味の分からない話を音楽のリズムやメロディーと同じように体で感じるところから始めた。CDの真似をして口に出してみた。ヒンディー語やタイ語などは文字も見たことが無い。そういった言語の方が案外すんなりと口に出た。そのうちになんとなく意味が分かってきた。
「もう、目からうろこが落ちるような感覚」
今から7年前、ヒッポからロシアの極東ナホトカにホームステイへ出かけた。そこは港町。港以外には何も無いところ。でも、ホストファミリーは温かく受け入れてくれた。アメリカと並ぶ大国との認識は一変。世界のことを何も知らない自分に気づいた。片言のロシア語でもコミュニケーションが出来た喜びは大きかった。人との交わりが苦手な自分にも何かが出来そうな気がしてきた。小さな可能性と小さな自信を感じて帰国。
それまでは一人の会員でしかなかったが、ヒッポファミリークラブのリーダー(フェロウ)として活動をしてみようと考えた。人と人を繋ぐ「言葉」の大切さを一人でも多くの人に知って欲しい。そしてそこから国際理解が深まれば言うことはない。
勝川のルネックビルに活動の場(ファミリー)をつくり、徐々に仲間が増え今では15家族にもなる。赤ちゃんから60歳のシニア女性までがメンバーとして集まるようになった。
春日井市には他にも二つのファミリーがあり、40家族もが活動をしている。多くの仲間があればこそ活動が続けられたと思っている。
活動内容が認知されると他の様々な団体からも誘いがかかるようになった。 少しでもヒッポファミリークラブの活動を多くの人に知ってほしいと「春日井女性連盟」や国際交流団体「KIF」にも名を連ねた。自分でできる範囲のことならばと7年前からは「日本マレーシア文化交流の会」のお手伝いもしてきた。その草の根文化交流団体からは「次期会長を!」と懇願され、今年4月、会長を引き受けた。
12月にはマレーシアから「クアンタン市歌舞団」がやってくる。公演の会場探しに走り回り、40人近い団員のホームステイ先を決め、インターネットでマレーシアの歌舞団の人と打ち合わせをする。超多忙な生活。
そんな生活の中でもう一つ、アマチュア人形劇団「やまんば」の活動もしていると聞いて驚いた。子どもの小学校時代に味美小学校のPTA活動で児童文学の読み聞かせから始まった劇団だ。人形を作るのも劇団創設時からの彼女の仕事。夫の「もう歳なんだから無理するなよ」の言葉を尻目に徹夜で人形作りをすることもある。(上の写真、左手に持つ鶏も自作)
「誘われたり、頼まれたりすると断れないタイプなんです」と屈託なく笑った。彼女の真の力を見抜いた周りの人が放っておかないということに違いない。
これまでに二村家がホームステイで受け入れた人は8か国40人にもなる。別れのときはいつも「楽しかった、ありがとう!」とお互いが感謝しあえるのがうれしい。そして次はどんな国の、どんな人が来てくれるんだろうかとワクワクする。コミュニケーション下手の人間がいつの間にか「ひと大好き人間」になっていた。 日本中の誰もが、世界のどんな国の人とも差別なく付き合っていける日が来ることを夢見る。小学校の総合学習の現場からお呼びがかかることも多い。超多忙の日々は当分続きそう。
(右下写真は、ヒッポファミリークラブの活動風景。大人も子どもも一緒になって楽しくゲーム)