竹尾光範さん(大泉寺町在住・1940年生まれ)

 

 生涯をかけて学ぶものを水墨画と決め、仕事の合間に絵筆を取りつづけて25年。その竹尾さんが水墨画教室の講師を務めるとき、受講生に必ず伝える言葉がある。
 「30代半ばの頃、講演会で聞いた講師の一言。『私が一番悔やんでいるのは定年後にやることがないことです』。定年を目前にしていた講師のその言葉が私に水墨画を見つけさせてくれましたし、今の自分があります」
 
 30代。仕事はこれから。子育てもまだまだこれからの時期にもかかわらず、竹尾さんはずっと先の人生設計に思いをめぐらせた。定年後の生き方に結びつくものを身につけねば。「自分は何をやると楽しいのだろう」。そう自分自身に問い続け、心が動くものを探した。「忙しくても週1度の数時間なら何とかなる」と、カルチャーセンターで日本画を学び始めたのはそれからまもなく。
 
 ところが、高価な日本画の画材が家計を圧迫しはじめる。ある日、ふと手にした水墨画の画集には伝統的なスタイルの柔らかなモノトーンの世界が広がっていた。心を奪われる。水墨画は一本の墨で7色を表現できると聞く。高価ではあるが長持ちもする。「これだ!」と日本画から水墨画に方向転換。 
 1981年には日本水墨画展に初入選。翌年には日本水墨画協会の会員に推挙された。以来、東京上野の東京都美術館で開かれる展覧会には毎年出品。父や母を亡くした年も出品を果たしてきた。生涯をかけて学ぼうと決めたのは自分に他ならない。なんとしても出品しなければ…。2000年には同展の協会長賞「青稜賞」受賞。折しも定年の年。「継続は力なり」を思う。
 
 そして同年、イギリスの日本大使館主催の「ジャパンフェスティバル」の水墨画教室の講師を依頼された。「お誘いを3回断ったら2度と声を掛けてもらえなくなるもんよ。チャンスは生かさなきゃ」。絵の仲間が話していた言葉が背中を押した。日本の伝統を伝えることができる。これも大きなチャンス。与えられた時に種を蒔いておけば、いつかきっと芽は出るはずとロンドンに飛んだ。
 活躍の場や自分を生かす場所は広がり続ける。友人・知人も世界中に広がった。

 竹尾家のダイニングルームは千客万来。近所の子どもたちから中国・カナダ・バングラデシュ・インド・イギリス・スウェーデン・オーストラリア…etcの人たちまで。
 夫人ともども来客を迎え入れるのに差別はしない。「どうぞどうぞ!さぁ中へ入って、入って!」。ずっと昔からお付き合いしている人も、初めての来訪者も、世界の名だたる先生も、迎え方はみんな一緒。
その人柄がまた人を呼ぶ。
 

 新しい出会いは、新たな発見の場であり学びの場。竹尾さんにとってそれは、まさに心ときめく日々。そんな日々を送れるのも早目の人生設計の賜物。チャンスを生かしてきた証と思っている。水墨画の楽しみと共にそのことも多くの人に伝えたいと思っている。
 木曽福島にある大通寺の開山堂の天井画を69名の人たちと描き上げたのはこの秋。来年5月には落慶法要がある。天井画の画集も完成する。
 第2の人生はまだ始まったばかり。