田辺幸子さん(押沢台在住・1944年生まれ)

人形との出会いは14年前。デパートのギャラリーで開かれていた武藤華世氏の人形展でのこと。作品を目の前にし、金縛りにあったような感動を覚える。一生のうちで一体でもいいから、こんな人形を創ってみたいと思った。
教えを請うため武藤氏のアトリエを訪ねたのは、それからまもなくのこと。
田辺さんの創る人形は「童子」。そばに置いても気にならないような、人形が存在を主張しないような、自分と同じ空気を吸っていると思えるような、そんな人形を創る。
「未来があって希望に満ちている子どもにも不安はいっぱいあるはず。子どものそういう部分に惹かれるし、表現したい」
ある日、歯医者さんの待合室で診察を嫌がり泣き叫ぶ子どもに出会った。その子の名前は“みかんちゃん”。母親の「そんなに嫌なら、きょうはやめとこうか」という言葉に安心をした一瞬のみかんちゃんの表情に、田辺さんは子どもの愛らしさを見つけた。小さく口を開け、頬に涙の跡が一筋残る愛くるしい表情。人形に表現したいと思った。8ヶ月以上の歳月を費やして出来上がったのが下の人形。
思い描くイメージを人形に写しこむのに目・眉・口元をどう表現するかが大切なことは言うまでもないが、肌や髪の毛の質感や色、着せる洋服や着物のデザイン、洋服につけるボタン、着物の裏地の色や柄までも神経を配る。思い通りの素材や色が見つからないときは、糸や布を染めるところから始める。だからと言って、イメージ通りにいくとは限らない。失敗が続き、「疲れた、もうこのへんでいい」と妥協してみても、結局気持ちが悪い、落ち着かない。「これでいい」ということはないが、できる限り自分の思いを表現し尽くしたいと思う。
できあがった人形を見た人が思わず目じりを下げ、優しい優しい笑顔を見せてくれる時、自分も温かい気持ちになれる。その時こそが至福の瞬間。その瞬間は人形が運んでくれたもの。人形に感謝する。
人形づくりのために集めた古布は箪笥にいっぱい。その古布を使った創作服も手がける。これまた個性があふれる。素材をどう生かすかを考えながら一枚の洋服に創りあげるまでの過程がおもしろくって仕方がない。とにかく、クリエイティブなことが好き。
人形の師武藤氏との出会いは彼女の創造性をさらに引き出した。
「先生に褒めてもらえることがなによりの励みなんです」
師の褒め上手が自分を育ててくれたと思う。しかし師の人形には今なお近づけないでいる。夢は一歩でも近づくこと。出来る出来ないは別にして、その夢を追い続けたいと思っている。おてんば娘だった少女の頃のように。(