津川秀夫さん(藤山台在住・1931年生まれ)

  「いかならんことにあうとも、わがこころ夢をもちつづけ、夢に死にたし」
 プロポーズのために夫人の実家がある伊万里を訪ねたとき、茶碗にそう記して窯で焼いた。23歳の時だ。その茶碗、10回の引越しにも耐え今も健在。
 「いや〜、ぼくの人生のキーワードが夢なんです」。古希を過ぎた津川さんの口からそんな言葉が飛び出した。
 そういえば、津川さんが3年前結成したバンドの名前も「ドリーマーズ」だ。
 とにかく歌うことが好き。大学時代は、大阪の「アサヒコーラス」で歌った。新聞社に就職し、そこにコーラスが無いと知るや社内合唱団を作った。名古屋・東京と幾度も転勤をしたが、行く先々で歌う場所を探した。無ければ創りあげた。
 昭和44年、誕生間もない砂漠のような高蔵寺ニュータウンに移り住んだときも、居ても立ってもいられず混声合唱団「ニュータウンエコー」を結成し団長に。
 東京で放送会社の顧問となり、時間的余裕ができた1997年には、かねての夢であったオペラにも挑戦した。衣装をつけ化粧をして歌うのはまた格別と、はまった。当地へ戻ってもチャンスを求めてはオペラに出た。夢の挑戦に努力は当然。ラジオ講座でイタリア語やドイツ語を学び、さらに発声の個人レッスンも受けた。合唱もいいけど一人で歌うのは最高!昨年、念願の「魔笛」のパパゲーノとパパゲーナの二重唱もした。
 「果てもなく 夢追いかけて 古希の春」。
 俳句もたしなむ。
  自分の喜びだけで歌うことに満足できなくなったのは、ここ数年。人にも喜んでもらえたら…と20代から70代までの3世代バンドを結成し、ボランティアで老人福祉施設などを訪ねている。それが「ドリーマーズ」。
 バンドにお呼びがかかると、選曲に心を砕く。「大きな古時計」「イエスタデー」「荒城の月」「ふるさと」…そして氷川きよしの「箱根八里の半次郎」。お年寄りに喜ばれる曲のナンバーワンだ。より多くの人に楽しんでもらいたいと、時にはシャンソンも組み入れる。舞踊家に出演依頼をすることもある。
 いつか、好きなクラシックもプログラムに入れてみたいと思っている。
  ここ1年ほど、50過ぎから始めたテニスに再び夢中になっている。今夏は、テニスにも自分の味を出したいと、1週のうち6日間のテニスコート通いをしたこともあった。理論から学び直さねばとテニスの本も読んだ。
 今度は「書」にも挑戦しようと思っている。
 努力の夢追い人は、健康に恵まれているからこそと感謝の心も忘れない。
(写真は、勝南夏まつりで「パリ祭」をフランス語で熱唱する津川さん)