加藤桂さん(高蔵寺町北在住・1940年生まれ)

                  「じゃ、化粧して待っとるでね」。
 中日新聞の「株アラカルト」のコーナーに一こまマンガを描いている加藤さんに、取材のアポを取った時の電話口でのジョークだ。思わず電話口のこちらでクックックと笑ってしまった。
 太い眉毛に口ひげ、そして短髪。このスタイルは結婚した頃からずっと変わらない。変わったのは、口ひげにも白いものが混じるようになったことぐらい。一見強面だが、その目はやさしい。高蔵寺生まれの高蔵寺育ち。
 マンガを描き始めたのは中学生の頃。二十代に「週間漫画サンデー」(廃刊)の“マンガ大学”に一こまマンガを投稿。2回に1回は入賞。当時、賞金額はすごかった。高卒の初任給ぐらいは稼げたという。「東京へ出て漫画家になったら?」という友達もいたが、プロになれば、しゃにむに描かねばならない。自分の性に合わない。生活基盤を整えられるサラリーマンの傍ら仕事でいいと思った。今もその選択に間違いはなかったと思っている。
 漫画界が劇画全盛になるとともに、一こま漫画から挿絵の投稿に変えた。これまた、ある雑誌社の目にとまり、挿絵を頼まれるようになり副収入を得ることができた。
 挿絵から再び一こま漫画に戻ったのは、中日新聞主催の漫画コンクール「中日マンガ大賞」の受賞がきっかけ。1989年の秀作に輝いた漫画のタイトルは「寝たきり老人」。お爺さんが布団ごとベランダに干されている。その後ろで奥さんは洗濯干しに余念がない。庭ではご主人がゴルフの練習。犬ものんびり寝転がっている。何ごともなさそうな、ありきたりの日常風景の中の老人の姿。ちょっぴり怖さを感じる笑えない漫画だ。
 以来、中日新聞の日曜版「刺点」のコーナーを任され一年描きつづけた。レアな社会時評を切り取ってチクリと刺さねばならない難しさ、しかも、それが毎週である。簡単なことではないはず。
「いったいどこから、そんなアイディアが生まれるんですか?」
「頭ん中の構造がそうなっとるんかなぁ」。一言で片付けられてしまった。
  「今朝、新聞社に送った”株アラカルト”の漫画は、これ」と見せてもらったのは、「株が上がり始めたのは、企業の業績が好転し始めたのだろうか…」というコラムにつける漫画。ナイスボディーの女性が「なんでだろ〜、なんでだろ〜」と歌いながら両手を回している。その後ろを「企業業績好転」と書かれたボールが坂道を上がっていく。
 昨晩11時過ぎ、フィリピンバーで飲んで帰った後、酔った頭でアイディアをひねり出し、深夜2時に描きあげたものだという。
  とにかく酒が好き。フィリピンバーに行くのも仕事のうちと奥さんを前に堂々の宣言。どうやら公認。
酒を飲み、カラオケで歌い、時には羽目をはずす。面白おかしく生きることで頭が柔らかくなる。柔らかい頭の時にアイディアは沸く。 
 「しゃっちょこばった生き方は嫌い。人生面白く生きなきゃ!」。どうやら、この人の描くキレと冴えの漫画はこの人生哲学の中から生まれるようだ。「年金暮らしの今が青春」と言う。
 

加藤さんのカラオケ仲間を描いたもの。これをTシャツにプリントして、みんなで着て楽しんでいる。カラオケ画面には「飲んだら歌うな、歌うなら飲むな。セクハラ禁止」とある。これまた愉快。