広川雄三さん(町屋町在住・1942年生まれ)


 2年程前、定年を少し残して退職。しかし、この人に「暇」という字は無縁。
 広川さんのスケジュール表は、さまざまな市民活動グループへの参加や環境教育の指導(講師)の依頼予定で、あっという間に埋まっていく。名刺に書き込まれた参加団体だけでも5つ。
 「公害」という言葉で環境問題が取りざたされ始めた1970年代に、企業側の人間として環境管理に携わった。その後は営業畑を歩く。が、その中で、地域密着の仕事の大切さを痛感すると同時に、生活の場の大切さを知った。
 退職後、春日井に根を張って生活をするなら、まずは地域を知ることから始めなければと、リタイアをした年、さっそく春日井市の環境市民ゼミナールに参加。一人の市民として環境問題を学びはじめた。無関心層の多さが気にかかるようになる。そしてゴミの多さにも驚いた。
 「知識だけの環境評論家にはなりたくない」。
 市民として環境問題を考えるなら、まず自分の家庭の中からと、身の回りを見直した。
  ゴミの量をキッチンスケールで計って、ゴミ家計簿を毎日つける。冷蔵庫の設定温度を季節ごとに切り替える。白熱灯を蛍光灯に換え、電気ポットは保温付きのものにした。もちろん待機電力にも気を使う。1枚余分に着ることで電気カーペットの使用もやめた。実行していることは数え上げればきりがない。データをパソコンでまとめ「エコアップ管理表」も作る。効果は一目瞭然となった。
 本質を知ることで、初めて行動が伴う。そう考える広川さんは、より多くの市民に環境問題の本質を知ってもらいたいと多くの団体に関わり、活動の幅と奥行きを広げる。
 次世代に負の財産を残してはならない。21世紀を担う子どもたちに環境教育を通して「生きる力」を伝えたいと、小中学校へ出向いての授業経験も幾たび。依頼があれば、どこにでも出かけ、自分の知識や知恵を伝える。
 現在、環境省が推進している子どものための環境クラブ「こどもエコクラブ」は春日井地域に3つしかないという。今後、5年ぐらいの間に、55クラブほどにしたいと、広川さんは意気込む。まさに、春日井の「宝びと」。